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【萱島ブレンド 剛】
A part / side-B
雲一つない、澄わたるような晴天。
窓を開けると穏やかな風が気持ちいい。
昨日までの曇天とはうって変わって今日は天気が良い。
蒼く広い空を眺めていると、ふと俺の脳裏に彼女との思い出がよぎった。
大学一回生の春。
皆が、これから学業を共に歩む友人関係をどのように築いてゆくか躍起になっていた。
サークルやクラブに参加したり、ゼミや学科別の必修授業で、手当たり次第に声をかけたり、学食でナンパじみたことをしている学生もいる。
俺は、交遊関係の構築にはそれほど熱心ではなかったので、一人でいるか、高校からの友人のアツシと行動を共にすることが多かった。
だが俺とは逆に、アツシは熱心だった。
ただし、彼の場合はどうやら友人というよりは、恋人探しの傾向の方が強かったようだが。
ある日、アツシを仲介役に据え置き男女数人で昼食の席を囲む話しになり、学食で合コンのような形になることがあった。
アツシに強引に参加させられて、俺は正直乗り気ではなかったので、話しに適当に相づちを打ちながら昼食をとっていた。
しかし数分して、俺の前の席に座った小柄でショートボブがよく似合う女の子に気を取られてしまった。
彼女が携えてきたトレーの上にはカレーうどんとアジフライ、それにアメリカンドックというなんとも奇妙な組み合わせの献立が乗っている。
いったいどう食べ合わせる気なのだろう?
出汁のうどんに揚げ物の組み合わせならばまだわかる。しかし、「カレーうどん」というそもそもカレーとうどんの奇跡のタッグによって生まれた、すでに一品で極限まで完成形に近づいたともいえる品物に対して、さらになにかをマリアージュさせることはもはや至難の業。至って無謀であると言っても過言ではあるまい。
さらにこの「なにか」として採択されたのがアジフライ!
うどんに合う揚げ物も多種多様に存在すると言えど、衣は脂たっぷりでも、中身はしっとりホクホクのコロッケまでである。
大量且つ高温の油で、サクッと揚がりしっかりと油分を含んだ衣と、アジが蓄えた海産動物油の旨味が最大の持ち味であるアジフライでは、うどんと合わさるには、些か油分が多すぎる。
アジフライをおかずのメインとするならば、やはり少々重すぎる油分を優しく抱き上げ、寛容に受け止めてくれる白米の存在は欠かせないのである。
そして、忘れてはならないのがさらにその奥に不気味に控えるアメリカンドックである。
星条旗を翻し、テンガロンハットとウエスタンブーツを粋にきめ颯爽と現れるこの刺客は果たして敵なのか、味方なのか。
これは限りなく難解な献立である。
果たして彼女はこの難攻不落の要塞と化した眼前のトレーをどう攻略する気なのであろうか。
しかし、俺のそんな心配は彼女には無用の長物だった。
彼女は、周囲の会話を気にする素振りも見せず、一人静かに両手の平を合わせ「いただきます」と小さく唱え、一品づつ満面の笑みをもって、または身体全体を小刻みに震わせる所作をもって美味であることを体現しながら、食事を進めていた。
そう。それぞれが持つ美味しさを、一品づつ余すことなく味わっているのである。
俺は己の器の小ささを嘆いた。
この品にはこれが合う、合わないといった固定観念に縛られ、食事という行為を最大限に楽しむことを放棄してしまっていた。
誠に食事を楽しむためには、自分の心に正直になり、その時自分が欲しているものを選ぶことが重要なのだ。
その点、彼女は至って自由だ。
おそらく彼女は、メニューを眺めながら己の心に問いかけ、カレーうどんとアジフライとアメリカンドックを選んだ。
それは単純明快にして直截簡明な思考であろう。
ただ、それぞれ今食べたいものを選んだにすぎない。
そこに食べ合わせなどという陳腐な発想など挟む余地もなく、それぞれの品の美味しさを堪能しつくす。
それは、食事において至高の行為であり、食材と調理者に対する最高峰の敬意なのだ。
それが彼女との出会いだ。
それから、学食で毎日奇想天外な組み合わせの品々を披露する彼女とは幾度も出会い、食事を共にし、星の数程の言葉を交わした。
彼女は知れば知るほど興味が尽きない人物だった。
彼女は食べるもののこと以外も、自分の心に正直且つ率直で、自由だ。
好きなものは好きと、嫌いなものは嫌いと、アレがしたいコレはしたくないとハッキリ示す。
喜怒哀楽が明確で、愉しいときはつま先から髪の毛の先に至るまで身体全体で体現し、悲しいときは、どんなに些細なことでもこの世の終わりかの如く悲しんでいた。
しかしながら、時折非常に冷静沈着で、的確に的を得た考えを示し、周囲を驚かせることもある。
「高級」と書かれているがさほど高価な訳ではなく、珍しくもないクリームパンが好き。
アリアナグランデをよく聴き、気分が良い時には一節を口ずさむ。
毎分毎秒コロコロと表情が変わる彼女と話をしていると、時が三倍速で進んでいくようだった。
在学中、彼女とは友人という関係性が変わることはなかったが、お互いに別の会社に就職し、会える時間に制限がかかったことにより、ごく自然的に友人から恋人へと関係性が変化することとなった。
総合商社の事務職に就いた彼女は、不器用でどんくさいところがあるので、初めは心配していたが、どうやら持ち前の明るさと類いまれなるキャラクターのお陰で可愛がられているようである。
俺の勤務先は外食産業を中心とした顧客を持つ広告代理店の営業である。
しかし、入社してから2年経ち俺は今の働き方で満足できなくなってきていた。
飲食店の広告を多く手掛け、数多くの飲食店経営者の話を聞くうちに、自分も飲食店を経営したくなったのである。
しかしそれには大きなリスクを伴う。
飲食店を始めるといっても一朝一夕でできるものではない。
飲食業の経験は学生アルバイト程度しかない俺の場合、まずは一定期間飲食店でしっかりと働き、腕を磨く必要があるだろう。
その場合、収入は現在よりも半減することになる。
少しの蓄えがあるといえども、今の生活を維持していくのは困難である。
いざ自分の店を構える時のために貯蓄もしておかなければならない。
さらにその生活が何年かかるかわからない。
夢のために人生を賭けるとはそういうことだ。
そうして、自分の理想を掴みとった人たちを、今の仕事で幾人も見てきた。
人は何かを得ようとする時、それと同等の何かを失わなければならない。
なんだったか、何かの漫画の一節だ。
俺は夢を選びたい。
自分の心に常に正直な彼女のように行動したい。
だがおそらく、夢を選んだ俺は彼女を幸せにすることはできない。
時間、想い、金銭、全ての面で今と同じ幸福感を与えることができそうにない。
今日は久しぶりに彼女と会う約束をしている。
そう、今日は別れ話を切り出すのだ。
後腐れがないように、できるだけ理不尽に。
徹底的に俺が悪いようにしなければならない。
別に好きな人ができたとでもしておこうか。
芯がしっかりしている彼女はきっと大丈夫だ。
一時的に失意のどん底に落ちたとしても、すぐに立ち直り好きなお菓子でも食べだすだろう。
ああ見えて賢い彼女は、自分で片付けることを嫌がり、ドラマでありがちなワンシーンのように半狂乱になって食器や小物を投げ散らかすようなこともないはずだ。
彼女の部屋は2階なので、ベランダから身投げするような行動にもでないだろう。
彼女には幸せになって欲しい。
この願いは、おそらく俺ではないもっと彼女のことを最優先に考えてくれる誰かに託したい。
今日は非常にパワーが必要だ。
大阪出張の時に買ってきたコーヒーを飲もう。
「萱島ブレンド 剛」と記されたパッケージのこのコーヒー豆は力強いコクと苦味とほのかな甘味が、ここぞという時の底力を与えてくれる。
俺は、いつもよりほんの少し濃いめにいれたコーヒーをグッと飲み干し、決意と失意、それに贖罪の念が入り交じった複雑な気持ちで、玄関のドアを開ける。
【ハンドローストで煎る珈琲豆】
萱島珈琲焙煎所では、100gづつ片手鍋でハンドローストしております。
それはまるで料理をするかのような気持ちで、ご注文ごとに丁寧に味をお作りいたします。
ご注文頂いてから2~3日で発送いたします。
【保存についての考え方】
・萱島珈琲焙煎所の考え方では、焙煎豆は常温での長期保存には向きません。
ジップロックやキャニスターなどに移して、冷蔵庫か冷凍庫での低温保存を推奨しております。
・豆、粉どちらでも購入頂けますが、保存のことを考えると豆での購入をおすすめします。
粉の方が風味が落ちる時間が早い為です。
ただし、豆でご購入の場合はコーヒーミルが必要になりますので、お客様に合わせてお選びください。
・冷蔵庫保存で、焙煎日からおよそ2週間から3週間ほどでネガティブな酸味を感じるようになってきます。
ご購入は少量ずつ(1週間から2週間程度で飲みきれる量)ご注文頂くことをおすすめいたします。